弥勒菩薩

(前回の続き)
仏像の表情が絵を描くときに参考になる、
という話で、前回は興福寺の阿修羅像を例に出したところでした。

京都太秦にある広隆寺に、弥勒菩薩という仏像があります。
釈迦の教えを誰も理解できないという56億7千万年後の
「末法の時代」にあらわれて
人びとを救う、という仏です。
末法の時代に入ると自力で悟るのは不可能で、
救済を待つ以外の方法はないのだそうです。
この像は、微笑みを浮かべながらどのように人びとを救うかを
考えているところだと説明されます。
見るとこれは確かに人間じゃないな、
なにか人間を超えたものの姿を写し取ったものだろう、
という感じが伝わってきます。

仏像の元は釈迦なので、こうした像には釈迦の人柄やイメージが反映されて
いるのだろうか、という疑問がわいてきます。
しかし、釈迦の死後からインドのガンダーラ地方で
仏像が作られ始めるまで
500年ほど期間があいています。
釈迦の生前の姿を知って仏像を作った人はいないということになります。
そう考えるとこの弥勒菩薩のような仏像には、
釈迦という人というよりは
やはり超越者のイメージが反映されていると
考えた方がよさそうです。
それにしても、今まさに百千万億の衆生が地上で苦しんでいるときに
こうして微笑みを浮かべながら対策を考えているわけですから、
これはちょっと人間にできることではないな、
という気がして恐ろしくもなってきます。
チェスの名人が次の手を考えているようにも見えます。
そうした意味でも「超越者」ということなのでしょう。

<終わり>

――――――島原半島・長崎県の特産物紹介―――――――

  

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